Ecological Memesでは、Regenerative Leadership(リジェネラティブ・リーダーシップ)という英書の読書会を開催している。
正確なタイトルは『Regenerative Leadership: The DNA of life-affirming 21st century organizations』。直訳すれば、『再生的なリーダーシップ:生命を肯定する21世紀型組織のDNA』とでもいったところだろうか。
自然の叡智に学び、21世型のシステム変容をもたらすリーダーシップの在り方と実践に迫った本なのだが、読書会を終えた今となっては、著名な経営者や専門家から「ビジネス、個人、そして地球にとって持続可能な未来を築くための画期的な設計図」と賞賛されているのもうなづける。
昨秋に行われた読書会の第一弾は、多くのABDをファシリテートをされている長谷部可奈さんのご協力のもと、英治出版さんのラボにて開催された。そこに集まったのは、高校生から経営者まで、多岐に渡る分野で次世代型の組織やビジネス、個人のあり方を探求するフロントランナーたち。
本レポートでは、そんなリジェネラティブ・リーダーシップをめぐる旅を、前編・後編に分けて、イベントの様子と共にご紹介していきたい。
2019年7月に刊行されたばかりでまだ未翻訳だが、Ecological Memes発起人の小林が以前にコペンハーゲン で著者ら(Giles Hutchins&Laura Storm)と出会い、意気投合し、この知恵を日本でも分かち合い、深めていけたらと開催に至ったという。
イベントは、アクティブ・ブック・ダイアローグ(ABD)というスタイルで行われた。 一冊の本を分担して読んでまとめ、それを参加者間で共有し、対話を重ねることで、 深い理解と能動的な学びを目的としたグループ読書法だ。
まずはそれぞれが分担した箇所を読み込んでいき、 B5の紙1-2枚程度にサマライズしていく。
その後、出来上がったサマリーのリレープレゼンとダイアローグ。 それぞれの知恵が掛け合わさり、短時間で本の全体像が立体的に浮かび上がっていく。
現代社会の根源にある分離を乗り越えていくための
「再統合の旅」
Regenerative Leadership の本は、パート1・2・3の三部で構成されており、第一弾ではそのパート2までを扱った。 パート1では、リジェネラティブ・リーダーシップという概念の基盤となった歴史的背景や眼差しが少しずつみえてきた。キーワードは分離と再統合だ。 時代は、数万年遡る。ホモ・サピエンスがアフリカからユーラシア大陸に移動し始めたのは約7万年前とされるが、その頃、ヒトは地球と極めて深い関係の中に暮らしていた。守衛者として母なる大地と対話をしながら暮らし、その宇宙観は、女性的な資質と男性的な資質の自然な調和の上に成り立っていたのだという。 しかし、約1万年前に人々の暮らしは大きく一変する。ヒトが、食糧確保のため、動植物の生命を操作するようになったのだ。この農業革命に伴い、これまで自然の一部として存在していたヒトが自然から切り離され、それと同時に社会が父権化していく。 その後、中世から近代にかけて科学が発展していく中で、知の探求は、精緻な実験・分析による合理主義を軸とする機械的なものへと変遷していく。直感や感情が隅に追いやられ、創造性よりも論理的な思考が優先されるようになっていった。 長い時間を経て、人間と自然、女性性と男性性、インナー(内的な感覚)とアウター(外的な事象)、そして右脳と左脳は切り離されていったのだ。これが本書で「分断の旅(the journey of separation)」と呼ばれるもの。 環境危機や過度なストレス社会など現代社会の様々な課題の根元にある、こうした分離を乗り越えていくために「再統合の旅(the journey of reconnection)」の必要性が提示される。
Regenerative Ledershipは分離の旅から再統合の旅へと誘(いざな)う。
そして、その移行を伴奏するのが、リジェネラティブ・リーダーたちだ。 著者らは長年、経営やサステイナビリティに携わる仕事をしながら、最先端を切り拓くビジネスリーダーたちが、従来のリーダーシップとは異なる性質や役割を担っていることに気づく。 そうした実践の拠り所となるのが、ロジック・オブ・ライフと呼ばれる、自然界に学ぶ7つの法則で、リジェネラティブ・リーダー達の基盤となっているのだという。 彼らは、組織を機械ではなく生きものとして捉え、そのシステムを構成するステークホルダーひとりひとりの生命としての繁栄を大切にする。そして、外部や自然との相互のつながり合いを感じ取りながら、自然調和・共生型の生態系を創り出していく。 根底にあるのは、7つ目の法則である、組織の営みを有機的に捉え、生命に対して肯定的(書籍名にもある“life-affirming”という表現)であるということだ。 なお、「Regenerative」という表現だが、「Re + generative」の二部分によって構成され、後者はラテン語の「gener(生む)」という単語に由来する。つまり「regenerative」は「繰り返し生み出す」といった意味をもつ。こうしたロジックオブライフを基盤にしたリーダーシップを通じて、一体何が生み出されていくのかを見ていこう。
再生的・繁栄的な生態系を育んでいく「生態系ファシリテーター」という在り方
パート2では、こうした生命の法則に支えられたリジェネラティブ・リーダーシップの“DNAモデル”に迫っていく。 著者が提示するリジェネラティブ・リーダーシップのDNAは、二筋の異なるダイナミクス(動態)が螺旋のように織り交じるDual Systemだ。それが、「ライフ・ダイナミクス」と「リーダーシップ・ダイナミクス」である。それぞれ詳しくみていこう。 「ライフ・ダイナミクス」とは、生態系(単純に「生物が存在するシステム」という意)内で自然に発生する緊張を具体化したもので、発散(divergence)と収束(convergence)によって構成される。
ライフ・ダイナミクス
発散とは、外に向かって開き、探索し、実験し、繋がりを形成していく過程で、「文化的交配」と表現されている。年齢・文化・ジェンダー・観点などの多様化を推し進め、分散型の意思決定を行うことで、発散が起きやすい環境を創造することが、リーダーの役割でもある。 逆に、焦点を定めたり、統合していくのが収束だ。ここで鍵となるのが、共鳴・共振を引き起こすような大義(パーパス)だ。パーパスを軸に、共感型の組織を確立することで、自律性を保ちながら、自然なまとまりが生まれるようになる。 そして、この二つのプロセスの繰り返しのあいだを流れていくのが創発(emergence)だ。「生命の川」と表現されており、予測不能な複雑性の高い社会において、見えないもの・わからないものを知覚し、順応し、進化していくために不可欠となる柔軟性の源泉なのだという。 一方、「リーダーシップ・ダイナミクス」は、セルフ・アウェアネスとシステム・アウェアネスという二つから成る。
リーダーシップ・ダイナミクス
ここでいわれるセルフアウェアネスとは、自分自身について観察し、気付いていく自己理解のことだ。日々自分の中で生じる様々な感情や思考に気づき、受け入れていく。内で起きていることへの自覚性を高め、感情や身体性も含めた自己を受け取る余白を持つことで、自身の内なるエネルギーや他者や世界との相互性・つながりに気づくことができる。 それと同時に重要になるのが、自分たちを取り巻くシステム(相互のつながり合いや全体性)に自覚的であること、すなわちシステムアウェアネスだ。家族や友人、あるいは組織内外のプレイヤーや自然環境など、システムにおける多様な関係性やみえないつながりに意識を向け、局所ではなく全体性を捉える力だ。 そして、境界を超えた対話や共創などを支援することによって、つながりあう土壌を生育・触媒し、一人一人の「セルフ・アウェアネス」、そして「システム・アウェアネス」を促すしていくことがこれからの時代のリーダーには重要になっている。 生態系全体のエネルギーの循環や活性化を促すことで、より再生的・繁栄的な生態系を育んでいく「生態系ファシリテーター」としての役割が重要であり、これこそがジェネラティブ・リーダーシップの核ともいえる。
3つの実践領域
〜生命システムとしてのデザイン・文化・在り方〜
では、ライフ・ダイナミクスとリーダーシップ・ダイナミクスの二筋が調和しながら絡み合うとき、何が生まれるのか。それが、Regenerative Leadershipの3つの領域 – 「Living System Design」「Living Systems Culture」「LIving Systems Being」だ。ひとまず、それぞれ生命システムとしてのデザイン・文化・在り方と訳すことにする。 まず「生命システムデザイン」だ。この章は「自然に優るデザイナーは存在しない」という著名なファッションデザイナー、アレキサンダー・マックイーンの言葉の引用から始まっており、5つの要素が定義されている。
一つ目が「廃棄物=栄養」というシンプルかつ本質的な考え方だ。自然の生態系においては「廃棄」という概念自体が存在しない。捨てられてしまっている資源が次の生命システムの栄養として、循環していくためのモデルだ。ビジネスにおける具体例として、リサイクル、アップサイクル、リユースなどを通したバリューチェーンに再統合する循環モデルや「Credle To Credle(ゆりかごからゆりかごへ)モデル」なども紹介されている。 二つ目の「洗練された自然の形姿」はいわゆる生物模倣(バイオミミクリー)の概念で、数億年もの年月を経て進化してきた生物の形姿を組み入れたデザインメソッドを意味する。有名な例として、カワセミの嘴を基に開発された日本の新幹線がある。 「リジェネラティブな素材」が三つ目で、有毒でない素材を使用するだけでなく、生物分解やリサイクルを通して循環的に製品価値が還元されるような素材選択が求められる。 四つ目が「バイオフィリックデザイン」だ。その名前(バイオ=生命、フィリア=愛好)から推察できるように、人が自然とコネクトしやすいようなデザインのことである。自然との定期的なふれあいがヒトの脳や身体にもたらす利得は証明されており、一日の九割以上を屋内で過ごす現代人にとって、天然素材や空気・水の流れ、自然光や自然音を仕事環境に取り入れることには大きなメリットがある。 そして最後が「エコシステムデザインシンキング(生態系をデザインする思考法)」だ。製品やサービスの生産・ライフサイクルを通じて関係する、多様なステークホルダーのネットワーク内の因果関係や相互性に着目し、生命に対して肯定的なエネルギーを引き出し、生態系を構築していくための思考法である。シェアリング・エコノミーやパーマカルチャーで実践されるエッジ効果といった概念が良い例だ。
「21世紀におけるブレイクスルーは、技術革新ではなく人間意識の進化によるものとなるだろう」
二つ目は「Living Systems Culture(生命システム文化)」だ。 未来学者ジョン・ネイスビッツが提唱したように、21世紀において組織が繁栄するためには、人間としての文化を再定義していかなくてはならない。「Regenerative Leadership」では、6つの要素からなる「生命システムとしての文化」を提案する。
経済面で安定することでその利益を組織のミッション達成に再投資できるようにすること。組織としての存在目的(パーパス)を起点に、一人一人が個人の目的意識を養うことで、プレーヤーが有機的にシナジーを生みつつ貢献できるシステムをつくること。 あるいは、話を深く聴く力(deep listening)を養うこと。情報の透明性、フィードバック文化、悩みや弱みを相談しやすい環境、失敗の奨励、役割やポジションの交替によるダイナミックな関係性を構築し、一人一人が学習・成長しやすい空間を創出すること。ジェンダー、民族性、出身地、年齢、性的指向、障害、政治的指向などに対し私たちが無意識のうちに抱える先入観を自覚し、多様性と包括性を高めていくこと。 そうした実践を通じて、自己組織化を通じた集団全体の集合知(collective inteligence of whole)を高め、組織としてのレジリエンス・適応能力を高めていく。 生きものとしての組織の生態系ネットワークのエネルギー循環を促し、一人ひとりがメンバーの能力開花に寄り添いながら、システム全体を繁栄させていくための対話をファシリテートする。
生命のリズムを味わい、自己をありのままに受容し探究し続けていく旅
三つ目の領域「Living System Being(生命システムとしての在り方)」は、個人の「内」の探索だ。ビーイングとは、「存在」や「状態」と表現されることもあるが、「在り方」のこと。深い内省や人と人との関係性の理解により、ひとりの人間としての在り方を模索することである。 著者たちは、この在り方にこそ真のリーダーシップを発揮する鍵があるという。
第一要素は「プレゼンス」だ。これは過去や未来に囚われない、今ここの瞬間を生きる内面性であると同時に、周囲の状況を注意深く感じ取る感受性でもある。 そのほか、自分の真の願いに沿った行動を意図を持ち選択する「一貫性」、自然の大きなリズムを感じ、急がずにあらわれることを待つ「ペイシェンス(忍耐力)」、足りないことや他者との競争に囚われるのではなく、生命それ自体がすでに「満ち足りている」というマインドセット。あるいは、静寂を味わい沈黙から生まれてくるものを受け取る「静けさ」の要素などがあげられている。 従来のリーダーシップでは扱われなかったり、注意がむけてこられたなかった要素も多いため意外に思う方も多いかもしれないが、リジェネラティブ・リーダーシップは、自分自身や自然と深くつながり、常に自身の内なる可能性をありのままに受容し探究し続けていく旅なのだ。 そして、六つ目の要素が「踊り(Dance)」だ。快調なときと不調なとき。嬉しいときと悲しいとき。冬の寒さと夏のむし暑さ。生と死。移ろい行く季節や自然の周期のあいだを陽気な遊び心をもって踊る。そのように生命のリズムと軽やかに歩調を合わせることに、この地球で暮らすひとりの人間としてのエッセンスが詰まっているのかもしれない。
第一弾では、ここまでをカバーした。数百ページの英書をその場で読み、すべて理解するのは容易ではないが、多様な参加者の視点が掛け合わさることで、学びを立体的に深めていくことができた。 第二弾では、パート1と2をさらに掘り下げると同時に、またパート3で紹介される、組織やビジネス、暮らしに活かしていくための実践ツールを活用した。 詳しい内容は、参加者の感想や著者のインタビュー映像とともに、次のレポートで紹介したい。 (後編へと続く) PHOTOS BY KANA HASEBE
TEXT BY SHUHEI TASHIRO
EDIT BY YASUHIRO KOBAYASHI
※本 (英語)の購入・勉強会・翻訳などに興味がある方もぜひご連絡ください(日本から個人で購入するとシッピングフィーが高くかかってしまうので著者たちが好意でディスカウントしてくれています)
<2020.06.10追記> Regenerative Leadershipを土台としたラーニングジャーニープログラム「Journey of Regeneration -再生の旅-」をリリースしました。是非ご参加ください。
田代 周平 Shuhei Tashiro
ユトレヒト大学卒、人類学・哲学(リベラルアーツ)。戦略コンサルティング The Young Consultant にてプロジェクトマネージャーを務めた後、WWOOFを通してパーマカルチャー・自給自足について学ぶ。国際NGOでの通訳の仕事を経て、現在は株式会社BIOTOPEにて Ecological Memes の企画・発信に携わる。ユース海洋イニシアチブ Sustainable Ocean Alliance Japan 旗振り役。趣味として自給自足型ライフスタイルの探究・実践を行なっている。
小林 泰紘 Yasuhiro Kobayashi
人と自然の関係を問い直し、人が他の生命や地球環境と共に繁栄していく未来(リジェネレーション)に向けた探究・実践を行う共異体 Ecological Memes 共同代表/発起人。インドやケニアなど世界28ヶ国を旅した後、社会的事業を仕掛ける起業家支援に従事。その後、個人の生きる感覚を起点とした事業創造や組織変革を幅広い業界で支援したのち、独立。現在は、主に循環・再生型社会の実現に向けたビジョン・ミッションづくり、事業コンセプト策定、リーダーシップ醸成などを支援・媒介するカタリスト・共創ファシリテーターとして活動。
座右の銘は行雲流水。趣味が高じて通訳案内士や漢方・薬膳の資格を持つ。菌と共に暮らす ぬか床共発酵コミュニティ主宰。馬と人とが共にある クイーンズメドウ Studios 企画ディレクター。株式会社BIOTOPE 共創パートナー。一般社団法人 EcologicalMemes 代表理事。『リジェネラティブ・リーダーシップ』を日本に伝え、実践・深化させるためのリーダーシッププログラムや翻訳活動を展開中。
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