執筆/位田 和美(いんでんかずみ)
2024年3月。春分を迎えんとする屋久島にて「いのちの森と響き合うリジェネラティブ・リーダーシップ in 屋久島」が開催された(※)。
島内外、国内外から呼び寄せられるように集った12名の参加者と共に、屋久島の森に身を委ね、人と自然のつながりをめぐるエコロジー思想の源流をたどり、自然のリズムと呼応するリーダーシップやビジネスの在り方を探った。今回は参加者のお一人、米国ワシントンD.Cよりご参加くださった位田和美さんの体験レポートを紹介する。
世界銀行にて、アフリカなどの主に低中所得国のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)達成に向けた保健システムの強化プロジェクトや戦略策定、サービス向上等に取り組む位田さんが屋久島の森で体感した、これからのリーダーシップの在り方とは。
※本プログラムは株式会社カレイドフォレスト、JINENとの協働で開催されました。
得体の知れない直感と使命感を抱いて降り立った屋久島
「自分の組織でも本気で力を入れつつある気候変動を考えるワークがあるのかな」
「森林浴×リーダーシップってどういうこと?」
「屋久島には一度行ってみたいな。あ、日程合うかも!」
今回のプログラムの案内をみた時に、思い浮かんでいたのはこの程度でした。
「リジェネラティブ」という言葉も、山尾三省さんという詩人のお名前も聞いたこともなく、正直、HPを幾度か読み返しても、事前セッションに参加しても、一体どんなプログラムになるのかは全く想像できませんでした。それでも、直感的に「これは行かなきゃ!」と感じるものがあり、なぜか使命感さえいだいて、在住の米国ワシントンD.Cから屋久島に降り立ちました。
到着して早々「時差ボケで寝ちゃうかもしれません」と言ってみても、「寝ても大丈夫ですよ」と優しく返してくれるプログラムファシリテーター、各地から集った参加者の皆さんと共にプログラムがスタート。
海や山のカミさまにご挨拶をした後、山尾三省記念館に向かい、屋久島で生きる現地の方々とのお話の時間。時差ボケにも構わず一番前の席に座っている自分がいました。全身全霊で屋久島を守り続けてこられた兵頭昌明さんと自然体で素敵な山尾晴美さんのお話は、眠気どころではなく、心にも身体にもガンガン響く体験をしました。
極めつけは、山尾三省さんの暮らした場所、愚角庵の書斎で沢の音に耳を澄ませながら、ファシリテーターのEcological Memes やすさん(小林泰紘さん)に三省さんのサルノコシカケの詩のくだりを教えてもらい、感無量。初対面の参加者の皆さんとも自然と腹を割って話せるようになっていました。
…辞書というものは 時々ページを開くものであるから そんな時にはサルノコシカケが載せてあると 少々不便である まずサルノコシカケを別の場所に移し 広辞苑なら広辞苑 英和大辞典なら英和大辞典のページをめくらなねばならない ページを引き終えたら元に戻し ふたたびサルノコシカケをそこに置かねばならない けれども サルノコシカケには 辞典に知識以上に大切な 何かがある 辞典には 知識を限りなく広げてくれ 限りなく心を広げてくれるものがあるが サルノコシカケには その心を静め、深く沈黙させるものがある サルノコシカケは ひとつのものいわぬ智慧である ーー火を焚きなさい(山尾三省)
屋久島の大自然にいざなわれて
2日目の朝、早起き組で平内海中温泉、瀬切の滝、大川の滝をまわりました。
早朝2時間で一日分くらいの高密度の屋久島の大自然と歴史に触れた後、いよいよ森へ。
普段、森と縁の薄い都会暮らしの私には森になじむのに時間はかかりましたが、カレイドフォレストまきこさん(杉下真絹子さん)のガイドと他の皆さんの様子に触発されて、裸足で森を歩いたり、自分の手足で沢の水を感じたりしている間に、心も身体も一杯になりました。森林浴の最後には(後でアートワークで使うことになる)森からの贈り物拾いの時間がありましたが、なんだか何も持ち帰らなくても大丈夫、と思える状態になるほどでした。
2日目の最大の醍醐味は、森をどっぷりと感じ、生命の鋭気をいただいた後のアートワーク。シェアの仕方もユニークで、それぞれが森で感覚を思うままに表現した作品を、他の参加者がどう感じ取ったかをギフトのように贈り合うセッションでした。これがまた、それぞれに想い熱く、考え深く、心の琴線に響くものばかり。バックグラウンドがまったく異なる参加者が集まっていたからこそ、思いもよらない角度からの感想や視点をいただき、共有することができました。その後はお楽しみの焚火を囲んでの団欒タイム。炎のマジックアワーには、個人の権利とコミュニティや集合体の最大益について、本気の議論が続きました。
私と組織を取り巻くエコシステムの質感と浮かびあがる潜在ビジョン
3日間とは思えないほど密度の高いプログラム最終日は、いよいよリジェネラティブ・リーダーシップの考え方に基づき、自分自身を取り巻く「つながり」を表現する時間。宿泊施設のお庭にある自然の素材を使って、自分が所属する組織やチーム、同僚、家族、友だちなど、思いつくままにマップに書き込み、さらに質感がしっくりくる石ころや葉っぱを選びます。
昨夜の皆さんとの魂からの対話を経て、ノリに乗って楽しくアート作品が完成しました。実際に石や葉っぱ、枝葉などを触ってみると、頭で考えていた関係性と実際に感じる関係性が異なることに気づきます。例えば、強固な巨大岩だと思っていた所属組織を表現する際、重く鋭角があるグレーの石を触ってみると何か違和感を感じ、丸味を帯びた柔らかい色の石に変えてみました。
他にも、苦手意識のある同僚を表現する際、最初は穴がたくさん開いた枯れ葉をあてがうつもりが、手に取ってみると、何か違う。結局、茶色は茶色だけれどツルツルと光沢のある葉っぱに落ち着きました。苦手だと思い込んでいた意識が、自然の力によって自分の中に無意識に築き上げてきた防衛保護機能が緩和され、自身がこれから向き合って改善していきたいと思っている潜在意識が湧き出てくるように感じました(写真)。
私は幸いにもプログラム終了後も屋久島に延泊することができ、引き続き屋久島の大自然に触れながら、濃い3日間のプログラムの内容を自分で反芻する時間や、屋久島在住の皆さんとのさらなる対話にも恵まれ、延泊中に簡易ながらもう一度自分でエコシステミック・マップづくりをやってみました。そうすると、プログラム期間中には「現状の自分を取り巻くつながり」を描いていたのに対し、今度は「未来予想図」ならぬ、現在と未来が混在したマップが出来上がりました。
リジェネラティブ・リーダーシップのアンバサダーとして
私は冒頭にも書いた通り、リジェネラティブという言葉さえ知らずに参加しましたが、屋久島滞在中の一瞬一瞬が貴重な学びと喜びの場となりました。プログラム参加前には、夢を叶い、長年続けている国際機関での仕事と、チームリーダーとして求められる組織内での役割との乖離を感じ、そのギャップがコロナ渦を経て年々大きくなっていっていると感じていました。本プログラムが少しでも自分の今後の指針の参考になれば良いな、と思って参加したところ、所属し続けるかどうか悩んでいた組織での今後のアクションプランまで浮かび上がってきました。
夢のような屋久島滞在を経て現実に戻ると、もちろん思うようには物事は進みませんが、自分の心持ちは確実にかわったと感じます。プログラム参加から1か月以上経った現在は、リジェネラティブ・リーダーシップを言語化すべく共著者GilesとLauraの原著書を読み進めつつ、身近な同僚やマネージャーを手始めにリジェネラティブ・リーダーシップの理念を普段の仕事や現行の組織改革に応用することができないか、いわばアンバサダーのような活動をし始めたところです。今後またどんな進化・深化を遂げるか、楽しみです。
Text : Kazumi Inden
Edit:Yasuhiro Kobayashi
位田和美(いんでんかずみ)
現在、ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院にて博士課程(DrPH)に在籍しつつ、世界銀行にて「すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」を謳うユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)達成に向けた保健システム強化プロジェクト計画策定、実施支援、モニタリング評価に従事。実装科学を基に、担当の低中所得国政府やコミュニティが直面する課題を分析考察。それぞれの状況に見合った実装戦略を練り、保健サービスの効率性・効果性の向上、ひとびとの健康と福祉の向上と維持を目指している。米国ワシントンDC在住。https://www.worldbank.org/ja/news/feature/2021/11/08/interview-kazumi_inden
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いのちの森と響き合うリジェネラティブ・リーダーシップ in 屋久島
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