※本記事はあいだラボHPの転載記事です。日本語版はあいだラボHPにてご覧ください。英語版を読まれる場合はHP上部の言語設定より切り替えてください。
2024年5月にインドネシア・バリ島にてあいだラボフィールドワークが開催されました。
「バリの信仰に根ざした 山川里海の連環システム ~人と自然のあいだをつなぐ伝統知、地域コモンズ、 リジェネラティブツーリズムをめぐって~」と題された今回のフィールドワークには、ランドスケープデザインの研究者、東南アジアの植物利用の研究者、サーキュラーエコノミーの専門家、各地で流域ツーリズムやコミュニティ・ベースド・ツーリズム、リジェネラティブ・ツーリズムなどをテーマに活動する実践者、企業経営者など国内外から17名の多様なバックグラウンドの参加者が集い、濃密な時間を過ごしました。
あいだラボ初の海外フィールドワークとなった今回の企画を担ってくださったのは、ラボ初期から参加くださっている永田アントニオ拓人さん。本記事では、企画者視点で今回の旅路を振り返ります。
The Beginning of the Journey
私はここ3年ほど、あいだラボで開催される国内の様々なフィールドワークに参加させて頂きました。気仙沼(2022年6月)や宮崎・椎葉村(2023年10月)、伊勢・鳥羽(2022年10月)や鳥取・大山(2023年5月)、京都・京北(2021年11月/2022年10月)等、行く先々で地域で紡がれてきた文化やその気候風土、また生態系的な課題やそれを取り戻す取り組み等、複雑に絡みながら地域の物語が作られている様子を見てきました。
そんな中、2023年の秋頃に、今回のフィールドワークを現地でナビゲートしていただいたWiraさんと日本で再会しました。Wiraさんとは私が2年前にバリを訪れた際に知り合いました。彼と話をしていて、バリで紡がれたきた山と海をつなぐ物語や、オーバツーリズムの中で起きてしまっている環境的な負荷の話等、「あいだラボ」を通じて日本各地で見てきたテーマがまさに鏡のようにバリという島でも起きていることを改めて認識しました。そこで、山と海の連関や、それを担保してきた後述するスバック(Subak)という灌漑システム等を中心としたフィールドワークを考え始めたのが、今回の旅の企画の始まりでした。
今回の記事ではどのような経緯で今回のフィールドワークの構想が始まり、また旅の行程でどのような世界や人々と出会ったかをつづってみたいと思います。
[永田さんによる過去のFW体験レポート]
(Participants who joined the fieldwork)
「あいだ」をつなぐツーリズム:Five Pillars Experiencesとローカルヒーロー
Wiraさんが経営するFive Pillars Experience社は、「コミュニティ・ベースド・ツーリズム」のもと、通常のツーリズムでは訪れない、地域に焦点をあてた旅のプログラムを企画している会社で、地域の文化や経済を支える様々な活動を行っている人々を「ローカルヒーロー」と呼んで紹介しています。例えば、3日目の行程で訪れたバリ北部の村落のような場所を訪れ、そこで脈々と営まれていた文化を丁寧に読み解きながら、欧米やアジア等からバリ島に訪れる人々向けに、そのストーリーを伝えていっています。まさに、「あいだ」をつなぐ会社です。
(Wira, Representative of Five Pillars)
沿岸部から山村まで:土着の信仰に根ざした山と海のつながりを探る3泊4日
今回のプログラムは、全部で3泊4日、バリ南部の空港から集合し、ウブドという島中心部のエリアを拠点としながら、最後は島北部の村落を訪れる行程となりました。南北におよそ80km超の道を、都心部の激しい渋滞と、山間部の激しい山道を超えながら移動する道中となり、車中から見える景色も山の標高や人の営みとともに少しずつ遷移していきました。ここからは、各行程で訪れた場所をハイライトしていきたいと思います。
(Trip route of the tour)
「共繁栄」を体現する施設:Mana Earthly Paradise(DAY1)
初日に訪れたのはMana Earthly Paradiseという施設で、こちらでオリエン等を行うと共に、宿泊拠点としました。同施設は、一般社団法人Earth Companyという団体が関連して運営されていて、当日は代表のお一人のAsukaさんにもお話を聞きました。
ManaはEarth Companyのミッションである「人と自然が共繁栄するリジェネラティブなあり方」という概念を体現する場所として作られ、地域における雇用を生みながら、建屋はインドネシア中から取りよせた廃材を利用し、施設内の照明のエネルギーは100%再生可能エネルギーで自給するなど、環境負荷を極力下げた形で運営がされています。
こうした取り組みもさることながら、本当に美しく手入れされたホテル内の庭を歩いていると、様々な種類の植物や虫・動物が存在し、自分もその一環にいるということを不思議な説得力で感じられる場所でした。Asukaさんの話の中で、ミッションに掲げている自然との「共繁栄」という言葉が非常によく出てきていたことが印象的でしたが、まさにその概念を身体感覚を持って感じられる場所でした。
(Manaの庭。様々な生き物たちが響き合う空間)
(Manaの中の集会場でのセッションの様子)
バリのコスモロジーとリズムを体現する芸術文化:ケチャ(DAY1)
初日の夜には、ケチャ(Kecak)というバリに伝わる舞踊も見学しました。Manaの宿泊場所から車で20分ほど行った町の中心の寺院でKecakは開催されており(Ubud以外にも様々な場所で演奏されている)、円形に座した30名は超えるであろう男性が寺院の建物の中で声のみでリズムを奏で、その真ん中でヒンディーの聖典の一つである「ラーマーヤナ」の叙事詩の場面が踊られるものです。幾つものリズムが重奏的に重なりながら波のようなリズムが作られる様は、どこか宇宙的で、バリのコスモロジーを反映しているようでもありました。
ケチャは、バリの伝統的な儀式であり声でリズムがつくられる「サンヒャン」という舞踊をベースに、1930年代にドイツの芸術家であるワルター・シュピースという方のグループが芸術としてアレンジしたものが、今でも継承されているものです。伝統文化を西洋的な視点を取り入れたものが地場の信仰の中心である寺院で踊られている様は、土着の信仰を非常に大事にしながらも欧米のカルチャーも受け入れている、バリ島の様相を象徴的に反映しているようでもありました。
また、バリでは地域単位で組合的な機能を果たす「バンジャール」という組織が今も機能しており、ケチャの踊りも地域毎のバンジャールによって披露されています。よって、踊りによって得られた収益は村に還元されます。ケチャの踊りを鑑賞していた人々はほとんどが海外からの観光客でしたが、得られた外貨が村の繋がりの強化と伝統文化の継承に寄与する構図となっており、その礎が古い文化を欧州の人が「出会いなおして」育まれてきたという複雑性が、とても興味深く印象に残っています。
(Venue of the Kecak dance. It was raining so was held inside a building)
地元の漁業民によるマングローブ林再生の現場視察(DAY2)
2日目の午前にウブドから南部に移動し、マングローブの再生サイトを訪問しました。マングローブは河口汽水域で森林などを形成する木の総称であり(特定の種を「マングローブ」と呼称するわけではない)、海の生態系の回復や人間にとっては津波の被害の軽減等、生き物・人間にとって重要な存在であることから、世界的にマングローブ林の再生が行われています。
今回訪れた場所は、バリ島の中でも大規模かつ先進的な取り組みを行っており、ここで得られた知見を他の地域に共有知としてシェアする活動もされています。この取り組みは政府がトップダウンによって働きかけたようなものではなく、地元の漁民の方々が魚の減少を危惧して始めた活動で、今ではライトな関わりも含めると100名近い方が関与し、植林活動が行われています。一方で、ゴミの駆除が大きな課題となっていて、どれだけ毎日ゴミを駆除しても、他国を含むゴミが海から漂着してしまい、マングローブの生育を阻害しているそうです。
(マングローブ植林サイトをカヤックで見学)
(ゴミが毎日押し寄せ、日々除去をしても大量に溜まってしまう)
信仰と治水のインフラストラクチャー:タマアユン寺院(DAY2)
次に、マングローブの再生拠点から少し北上し、バリの灌漑と信仰を考える上で極めて重要な意味を持つ、タマアユン寺院を訪れました。
タマアユン寺院は17世紀に、当時のバドゥン王朝によって建てられた寺院です。詳細は後述しますが、バリはスバック(Subak)という1200年以上続く棚田への水循環システムによって灌漑が管理されており、タマアユン寺院はその灌漑システムの要衝にあります。山からの水と雨水を貯留する仕組みにより、寺院の周りが溜池のようなものになっており、この場所を経由して各地に水が配られる形です。
興味深いのは、寺院なので当然ですが、この施設は極めて重要なバリ・ヒンディーの信仰の拠点ともなっており、治水のインフラストラクチャーと信仰が合わさった場所となっている点です。バリの信仰は、山と海が一体となった形で営まれており、寺院の中の建築物的にも幾重にも屋根が重なった塔が山を指し、その下に「ミルクの海(寺院内の堀を流れる水のことで、海を象徴している)」があるというのが基本的な設計になっています。水を大事にするという思想が、灌漑という実利面と信仰が一緒になって設計され、またこの施設を「水の使い手全員が共有している」ということが象徴的に空間としてあらわされているということに、バリにおいて古来からの文化的な営みが今なお色濃く実践されている理由の一助を見た気がしました。
Taman Ayun寺院を囲む貯水池。この池から、バリ各地に水が配分される
Taman Ayun寺院。幾重にも重なった五重塔のようなものが山を指し、水が海を指す
1000年以上続く水循環システム:ペナルンガンのスバック及び集落(DAY2)
次に、タマアユン寺院から少し行ったペナルンガンというエリアにある民家を訪れ、上述のスバックが実際に営まれている様をみせていただきました。スバックは灌漑のあり方以上に、流域の上流と下流をつなぐ仕組みであり、このシステムの上で農民同士が繋がり、信仰も営まれるという、バリの暮らしの根幹的な機能を担っています。
また「トリ・ヒタ・カラナ」と呼ばれる、神と人間と自然界の調和を図るバリ伝統の思想がスバックの運営にも色濃く反映されており、例えばある特定の個人だけが米を育てていると、鳥が作物を食べてしまった時にその農家は次に鳥がまた来ないように駆除しないといけないが、スバックのようにコモンズとして大きな圃場を共同管理していると、少し鳥が作物を食べたところで全体へのダメージは軽微であることから、鳥を駆除しなくてよくなるといったことが、昔から議論されて来たようです。
バリでは脈々とスバックのシステムの上で農業が実践されてきましたが、1960年代頃からのグリーンレボリューションと呼ばれる農業政策により、バリ固有種ではない外からの米の品種や、化学肥料・農薬が大量導入されて、農業の生産性の向上が図られました。これらの政策は短期的には効果をあげたものの、例えば農薬は一度は効いていたものが、自然界の作用でその農薬の効果を上回る菌等が出現し、徐々に効き目が低下してきました。今は、グリーンレボリューションの施策を徐々に変え、例えば畜産と一体となって農業を管理させることで栄養素の循環を図る取り組みも徐々に行われているようです。
ただ、このスバックの仕組みにも当然ながら課題はあります。夜に夕食をご一緒していたバリの農業について研究をされているウダヤナ大学のGede Sedana教授の話では、最近では若年層の農業離れで農家の高齢化が進んでいることや、道路の開発等でスバック上の農地面積が減ってきている現状があるようです。農家からすると、農地をホテルなどの為に売却したほうが農業を続けるより収益が上がる為、農地の転換が行われてきています。ここでも、世界的にみて非常に色濃く残る地域文化と、近代的な文明による引力の綱引きのようなものが透けて見えました。
現在も運営されるスバックシステムの水路
Penarunganのエリアの水田の風景
山と海をつなぐ土着信仰が育まれてきたバリ北部の村:ティガワサ村落(DAY3)
3日目は島中心部であるウブドから山を越えて北上し、3時間超かけてティガワサという村落を訪れました。道中で車が立ち往生しかけながらたどり着いた山の頂上付近にある村は、山から海が一面に眺望できる素晴らしいロケーションにありました。ここで、この村落の一族の出身であり、竹工藝による地域産業を興そうとしている、グンターという「ローカルヒーロー」とその家族に迎えて頂きました。
昼食をご馳走になった後(地域で育まれた食材を使った素晴らしいものでした)、地域の信仰を伝えている司祭(精神的指導者のような位置づけでしょうか)の方にお話を聞く機会を頂きました。司祭曰く、この村落は1,000年以上続く村であり、土着のアニミズム的な信仰が、西暦800年頃に外から渡来してきた信仰を教えるグループの思想と混ざりあい、今なお続く山と海をつなぐこの村落固有の営みへと遷移していきました。今でも、村にとって大事な出来事(葬儀等)があった際は、山の上の村落から神輿のようなものを担いで3時間ほどの山道を海に向かって下り、海でその神輿を清めるという儀式が行われています。山と海それぞれにティガワサ村が管理する神社があり、山側の方は森そのものが神社として崇められ、海の方では海岸の真ん前に二つの神社が鎮座しています。
今回の訪問では、山から海へ下っていく一部の行程をご案内いただきました。村落から徐々に山を下りていくと、途中で上述した「森の神社」にたどり着きます。注意深く見ると、その場所は森の他の場所よりも緑が色濃くなっており、ここで様々な神事が行なわれているようです。森の神社を抜けて、山の中腹の休憩スポットにたどり着いた後は車で海まで下りていき、ビーチにたどり着くと、そこからボートで夕焼けの海にでました。特に印象的であったのは山と海の光景のコントラストで、森は当然ながら様々な植物や生き物が混ざり合い複雑な様相を呈しているのに対して、海は見渡す限り水で、すべてを飲み込んでいくような静けさと荘厳さがありました。この地域の信仰では、山から流れていくものが海に飲み込まれ、また雨となって山に戻ってくる循環を意識しているようですが、まさにその営みを追体験するような景色でした。
森そのものが聖域として扱われている
山を下り、海に出る
バリ南部のゴミが行き着く最終廃棄場:Suwung(DAY4)
最終日は、バリ北部から一気に空港付近まで南下し、バリの最終ごみ廃棄場であるスウンという場所を訪れました。この場所はバリ南部の地域から出るゴミが一手に集まる施設で、焼却処理施設を持たず、埋め立てられることもない集積地となっています。観光客から出るゴミは地元の住民が排出するゴミの4倍と言われているように、観光産業で立脚しているバリ島はゴミの問題が非常に深刻になってきています。直近では、ゴミの堆積により発生したメタンガスが何らかのきっかけで引火し、火災が起きることで大気汚染などの深刻な環境被害がもたらされました。
今回の訪問では、スウン近隣エリアで、ゴミ山から換金可能なものを回収することで生計を立てている集落を訪れ、またその集落内の子供たちの為に教育機会を提供しているBali Life FoundationというNPOを訪れました。このエリアはゴミによる大気汚染等により教育環境に適さないとして政府も学校を建てておらず、一方で子供たちの両親はスウンの中で朝から夜まで換金可能なものを回収しているため、子供たちの居場所がない状況が起きていました。Bali Life Foundationはこの状況を改善するため、コミュニティ内に施設を建て、子供たちの学びの機会を提供するとともに、地域の女性に縫製などの手仕事を教えることで、ゴミの回収に頼らなくても自立できる術を教えています。
あえて最終日に盛り込んだ今回のスウン・コミュニティの訪問。前日の美しい村落から一転、今のバリの発展と裏腹に表れている厳しい現実を目の当たりにしながら、プログラムの最後の訪問を終了しました。
スウンの入口付近。わかりにくいが、右上に埋立地の断片が見える
Bali Life Foudationの外観。集落の中心部に存在する
旅を終えて:複層的な世界が折り重なる現実を前に
今回、このプログラムでは、「陰陽が一体となる」というテーマを繰り返しみたような気がします。それは「高いところにあり聖なる存在とされている山」と「低いところにあり不浄とされる海」とが一体となってその循環そのものが信仰されているということや、近代的な発展の結果ゴミの問題が深刻化していながら、ケチャのように西洋的な眼差しから伝統文化が評価され、それが結果的に伝統文化の保全に繋がっているという形でも見て取れました。
バリという島は、古い慣習を強く残しながらも、新しいものを柔軟に取り入れるゆらぎを許容していて、結果として様々な事物が綱引きをしながらも混然一体となっている島であると感じました。参加者のどなたかと話していたのですが、島国だからこそ、様々な文化がたどり着いた後にそこから「出る」ことが出来ず、そこにとどまりながら混ざり合っているのかもしれません。この様相は、日本にも似ていると感じました。
私たちはともすると善悪のバイアスがかかり、「見たい世界を見ている」という側面があると思います。でも実は見えていない複数の世界がせめぎ合いながら折り重なるように現実が構成される様相が、リアルなのではないかと思います。バリでの体験は、そうした世界の複層的な在り方を理解する上で自分にとって重要な旅となりました。
Text: Takuto Nagata
Edit: Yasuhiro Kobayashi
ティガワサ村から海への眺望
<関連情報>
今回のバリFWに参加された井上良子さんの体験レポートも合わせてご覧ください
次回のあいだラボ・海外フィールドワークは2024年11月8日〜11日に北タイ(チェンマイ)にて開催されます。お楽しみに!
Takuto Nagata
My theme is the design of culture, infrastructure, and public goods that restore ecosystems while integrating and regenerating people and communities into their rhythm. After working in infrastructure development and investment (airports, energy, etc.) at an infrastructure investment company and at a strategic consulting firm, founded Longtide, Inc. I promoted capital raising for Shizen Energy Inc., regional renewable energy projects, and regenerative agriculture projects using soil microorganisms. While exploring the role of public goods that connect nature and humans, I encountered Ecological Memes and have been continuously participating in early gatherings and fieldwork. Graduated from the Faculty of Economics at Keio University and the IESE Business School in Europe.
About AIDA Lab
あいだの探索・実践ラボは、これからの時代のヒトと環境の関係性を二元論を超えて問い直し、再生・共繁栄的な未来に向けてコトを起こしていくための探索・実践を行うラボラトリーです。 エコロジー×ビジネス×デザイン×人類学の領域を横断した学び直しと、各地でパートナーと展開するフィールドワークを通じ、理論・身体実感・風土に根ざしたプロジェクト・事業を起こしていくための運動体を目指しています。
About Ecological Memes
人と自然の関係の再生成をテーマに様々な学際領域を横断する探究者・実践者が集い群れていく共異体として活動。人が他の生命や地球環境と共に繁栄していくリジェネレーションの時代に向け、個人の生き方や暮らし、ビジネスの在り方、社会実装の方法論を探究・実践している。
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