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【前編】東洋思想に根ざしたマネジメント観とは?大室氏・藤本氏と探索する「“あいだ”の経営と内臓感覚」

経営、イノベーション、生態系、直観、身体知性、内臓感覚、東洋思想。

一見バラバラなこれらのキーワードが有機的につながり出す。その関連性のなかには、これからの時代を生きる経営者、そして一人の人間としての自己変容のヒントが隠されていた。 本レポートでは、2019年12月に開催されたEcological Memes Forum 〜あいだの回復〜 の第一セッション『“あいだ”の経営と体感ワーク』の内容をお届けする。 【前編】でお伝えする“あいだ”の経営の講演、そして【後編】の身体ワークと登壇者ダイアローグの内容を掛け合わせながら読むことで、「経営」と「身体」という二本の異なる枝のもとをたどっていくと、実は「東洋思想」という地に根ざした一本の大きな木から生えていた、とも感じられた当日の感覚を味わっていただけるかと思う。


セッション会場となった応真閣は畳と木の匂いが淡く交わる荘厳な大広間だ


セッション前半でまずマイクを握ったのは、長野県立大学グローバルマネジメント学部で教授をされている大室悦賀氏。京都市ソーシャルイノベーション研究所の所長も務められるなど、多様な機関でイノベーションやマネジメントの研究・実践をされている。

今回の講演では、その豊富な経験から生まれた“あいだの経営”という次世代型のマネジメント観を紹介していただいた。

本レポート【前編】の構造として、講演のキーポイントでもあった、 「既存システムの限界を克服するオープンイノベーション2.0」 「多様・複雑な社会を切り拓く主観的な世界」 「見えない“あいだ”の領域に着目した経営者の在り方」 という三点を順を追って説明しよう。


大室 悦賀(おおむろ のぶよし)氏


現代社会に求められる生態系型システムを体現するオープンイノベーション2.0

「“知識の監獄”に陥っていませんか?」

冒頭でそう問いかけた大室氏。これは、脳が情報をインプットする際に、自分が既に知っていることに読み替えてしまう性質のことだという。例えば美術の世界では、模写に苦戦している人が自らのバイアスを抜け出すために対象を上下逆にすると、上手く模写できるということがあるという。これは認知的完結欲求と呼ばれるもので、イノベーションの文脈においては致命的な障害になりうる。

従来のクローズド(社内)イノベーションにおいては、中央集権・トップダウン型の創造プロセスという足枷により一人一人の思考の枠組みが問い直されることが少なく、認知的完結欲求が支配的になってしまい、単一的で多様性に欠けるソリューションを生む結果となった。

しかし、社会の予測不能性・不確実性が高まるなか、既存のシステムの限界が見え始め、より破壊的なイノベーションが求められるようになる。そこで進化したのがオープンイノベーション1.0で、比較的ボトムアップかつ外向きの視点と他プレーヤーとの協力を統合した思考法は破壊的なアイデアを多く生んできた。

そして現在、SDGsが企業や行政の間で浸透し、「社会課題の解決」がイノベーションの前提となる“ポストSDGs”の時代が到来している。そこで、本質的に複雑な社会課題と向き合いつつ変化し続ける環境に対応するためには、多様なプレーヤーが構成するシステム全体を理解し適切な処方箋を打ち出していく必要があり、より流動的かつダイナミックな土壌づくりが欠かせない。


多様なプレーヤーが共存する生態系型システムは細胞のようにも見える(大室氏のスライドより)


その答えとなるのが「生態系型システム」である。植物や動物、菌類といった構造も習性も全く異なる生き物が乱雑に交わり合う自然界の生態系のように、イノベーションにおいても、ユーザーが起業家や大学、行政や開発協力者と同じ空間で刺激しあうことで、人が介在する領域が増え、結果的に創造的緊張(クリエイティブテンション)を生み出すことにつながる。それがオープンイノベーション2.0だと大室氏はいう。

開放的なエコシステムでは、生き物としてのプレーヤーが有機的に領域を横断することでエネルギーのフローが最大限に流動化される。その創発プロセスの中で社会課題解決へ向けた最善のソリューションを打ち出し、社会構造そのものを進化させるような革新的な「思考習慣」が確立されていく、ということなのだろう。

オープンイノベーション2.0は、食物連鎖や種間競争といった大いなる自然のサイクルに順応すべく、自らを進化させていく生き物たちの営みのようにも聞こえる。

ここまで大室氏は経営者にとっての“外”、すなわち次世代型のイノベーションを促すためには組織・社会として「どのようなシステムを創り出していくべきか」という視点でお話をされた。

そしてここからは経営者の“内”を見ていこう。多様で複雑な生態系は、どのような思考法や視座でもってファシリテートしていけばいいのだろうか。



ブラックボックスと向き合う経営者に求められるアート思考や東洋的視点

時代は急速に変わりつつある。

これまでイノベーションが必要とされてきたランドスケープでは、顧客のニーズに応え企業の利益を上げる、といった単一的な「課題解決」と、人・物・情報などの流通が比較的安定した「外的環境」があったため、経営者は過去のデータに基づいた分析型・客観型のアプローチでもってイノベーションマネジメントに挑んできた。

しかし、現在、解決すべき「社会課題」は複雑で、それを取り巻く「外的環境」も予測不能になっている。そしてなにより、イノベーションの土俵となる「生態系」システムそのものが多様になり、曖昧な「ブラックボックス」化しているのだ。データに頼る従来のモデルから進化した、新たなマネジメント法が求められている。

そこで、大室氏が提示するのが、妄想や身体感覚といった「主観的な世界」に焦点を当てた経営アプローチだ。論理的に「正しい」かどうかというよりは、「なんかしっくりくる」かどうかを大事にするのだという。

例えばアート(芸術)思考がある。アート思考とは、自らの内なる世界に入り込み、そこにある妄想やイメージを可視化することで、存在しない「もの」に形を与えるビジョン具現化のプロセスである。問題(つまり社会課題)に直面したときに、理屈や言語でもって理解・解決しようとするのではなく、直観的に得られる「ここがモヤモヤする」「こう変わればスッキリしそう」といった感覚・反応を大事にし、それを積極的に表現することを軸とした考え方だ。

そしてもう一つ、大室氏が強調したのが東洋思想をベースにした経営法。西洋的な哲学の多くは、事物を扱う際に言語という論理の定規を用いて解釈し、要素分解された概念を個別主体として扱う。しかし、生態系型システムに象徴されるように、ものの本質は個体ではなくその相互性、つまり“あいだ”の領域に宿っていることが多い。Ecological Memes vol.5でも扱った仏教の「縁起」の世界観にも通じることだが、イノベーションやマネジメントにおいても、注目すべきは主体間のあいだ、そしてつながりにあり、それを「考える」のではなく身体を通して「感じとる」ことが鍵になるという。

ただ、「あいだを感じなさい」と言われても、そもそも見えない世界であるためわかりづらい。そこで、大室氏は参考にすべき三つのあいだの世界を挙げた。


見えない・わからない世界を認知するための“知の探索”図(大室氏のスライドより)

GRAPHIC RECORDING BY MOMOKO MATSUURA



三つの“あいだ”と経営者としての在り方

一つ目が「認知と認知のあいだ」。言語など文化的な媒介項を用いてインタラクションをする際、思考習慣や思考フレーム、“べき論”などが邪魔をし、既存の枠組みや固定観念に囚われた認知をしてしまうことで見落とされる領域である。マインドフルネスで自分の内なる世界に飛び込んでみたり、意識的に暗黙知にスポットライトを当てることによって少しずつ浮かび上がってくる。

二つ目が「身体と身体のあいだ」だ。直感や五感を用いた知覚という身体そのものの認知機能が忘れ去られつつある今、共感などの身体間の相互性が失われかけている。論理や言葉を用いずともカラダとカラダのあいだに生まれる生き物的な感覚・感情に心を傾けることが重要になる。

そして三つ目が「認知と身体のあいだ」である。そもそも身体がもつ重要な知覚機能を脳で意識的に認識しなければ、人間としての自然な受容力を発揮することができないということ。すなわち、モヤモヤやワクワクといった「なんとなく」抱いているもの(つまり五感・直感を通じて得たもの)を言語化したり、あるいは言語化できないとはっきり認識すること、といえるかもしれない。

最後に、大室氏はこれらのあいだを感じとっていく上で経営者が育むべき要素が2つあるといい、まずNagative Capability(ネガティブケイパビリティ)をあげた。これはいわば、わからなさや宙ぶらりんの状態に耐える力だ。私たちは白黒を明確に線引きしていくことに慣れてしまっているが、目にみえないあいだの世界と向き合っていく上では、そうしたあいまいさやわからなさを抱いて共に進むことが重要になる。 もうひとつは、intrapersonal diversity(自己内多様性)だ。これは、急速に多様化する社会と向き合う際、まず自らの知覚のアプローチの幅を広げ、オープンな視野でもって生活や問題解決に挑むことであるという。内が多様でなければ、外の多様性には対応できない。


ものごとのあいだの領域を感じとるために必要とされる主観、つまり内の世界。経営学という分野を「内の探求」という視座から切り込む大室氏独自のマネジメント観が伝わってくる講演だった。

その大室氏が経営に欠かせない身体感覚の例として挙げたのが「内臓感覚」である。これは、自分のカラダの中の世界を感じとることで、自然とカラダ全体の意識、すなわち自己意識が生まれることをいう。

レポート【後編】では、その独自の理論と身体法がGoogleアメリカ本社の研修プログラムで取り上げられるなど、世界のビジネスリーダーにも注目される身体性の専門家・藤本靖氏にバトンタッチし、内臓感覚を養うボディワークをナビゲートしていただいた。

(後編へ続く)

TEXT BY SHUHEI TASHIRO PHOTOS BY KEITA FURUSAWA & KANA HASEBE

田代 周平 Shuhei Tashiro

ユトレヒト大学卒、人類学・哲学(リベラルアーツ)。戦略コンサルティング The Young Consultant にてプロジェクトマネージャーを務めた後、WWOOFを通してパーマカルチャー・自給自足について学ぶ。国際NGOでの通訳の仕事を経て、現在は株式会社BIOTOPEにて Ecological Memes の企画・発信に携わる。ユース海洋イニシアチブ Sustainable Ocean Alliance Japan 旗振り役。趣味として自給自足型ライフスタイルの探究・実践を行なっている。



 

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