エコロジーや生態系を切り口にこれからの時代の人間観を探る領域横断型サロンの第三弾が7月17日(水)二子玉川のCatalyst BAで行われた。
今回のテーマは「複雑系ネットワークと群れ方」 ビンガムトン大学 システム科学・産業工学科教授/複雑系集団動態学研究センター長で早稲田大学商学学術院教授も務められる佐山弘樹(さやま ひろき)氏をゲストにお迎えして開催した。
複雑系はインタラクション!という佐山氏の格言と共に、アメリカの授業スタイルで始まった今回は、スタートから質問の嵐。まずは複雑系科学という学問領域について理解を深めていく。
複雑系とは、それぞれの構成要素が相互に絡み合った複雑な系またはシステムのことだ。全体として、個々の要因や部分からは明らかにならない、なんらかの性質(あるいはそういった性質から導かれる振る舞い)をみせるものをいう。
複雑系研究は1990年代に日本の学術界でも流行ったことで有名であるが、ニューラルネットワークや遺伝的アルゴリズムなどにも大きく寄与してきた。だが、当時バズワードになったカオスやフラクタルはもはや現在の研究の中心ではないという。現在はデータサイエンス、機械学習などの膨大な情報解析・シュミレーションをして実社会のデータを活用した実証的なものに移ってきているそうだ。
あらゆるモデリング・シュミレーションが可能だが、それは常に研究者の主観を含んでいて、正しいかどうかは永久に説明できない。逆に言えば、モデリングは常に間違いをはらんでいて、だからこそ研究し続けるのだと語る佐山氏。
妄想に取り憑かれた研究者こそが道を拓く
どの学問分野でもそうだが、一度人気絶頂を迎えたテーマは廃れてしまう。しかし、90年代以降流行り廃れた複雑系科学の領域がもう一度盛り上がった背景にあったのは、テクノロジーの進化、そして、妄想に取り憑かれたように執着した研究者たちの存在だという。例えば、AIもビデオゲームに使われるGPUと既存のAI研究がマッチして計算能力が飛躍的に成長した歴史がある。佐山氏も自身の状況を研究テーマに取り憑かれ、やらずにはいれらないだけなのだと微笑む。
逆に、社会的要請からはブレイクスルーは起きづらいと佐山氏はいう。昨今の研究の問題点は、マーケット側からの要請でそれに応えようと研究をしていること。例えば、昨今はこぞってAI研究がなされているが、AI研究の第一人者であるジェフリー・ヒントンも「頼むからディープラーニングの研究ばかりしないでくれ」と要請したことも有名だ。
複雑系システムの5つの条件とは?
話は改めて、複雑系とは何か?というトピックへ戻る。佐山氏は5つの条件を定義している。
一つ目は、多くの構成要素からなるネットワークであること。ただし、複雑系でネットワークではないものは、流体である。流体的な特徴を表すものは偏微分方程式。
二つ目は、要素間の非線形なインタクラションがあること。個別のアクションを足し合わせた時にインプットの総和とは違った効果が出てくることが非線形のインタラクションと言う。一度殴れば戦争になる例も同様で現実社会は非線形のインタラクションで成り立っている。
三つ目は、進化したり自己組織化していること。
四つ目は、ランダムでもなく規則的でもないその中間であること。どちらでもないということがポイントである。
五つ目は、創発的な振る舞いをしていること。創発(Emergence)の定義は研究者の間でも定まっていないが、基本的にはミクロ(個)の挙動では説明できないことがマクロ(全体)で起こっていることが創発の考え方であるという。
複雑系科学の最先端はネットワーク科学や集団動態学へ
複雑系の研究領域は、非線形科学やシステム理論などからはじまり、ゲーム理論やパターン、進化と適応と移りながら、最近はネットワーク科学や集団動態が複雑系研究の中心になってきた。(図の左から右へと移行していくイメージだ)
ネットワーク科学は、インターネットによるデータ数の増加に加え、1998年にスモール・ワールド・ネットワークの論文によって広がった。そのタイミングで一番早く取り込んだのがGoogle。ネットワーク科学を活用してページランクを生みだし、ローカルではない情報を使ってウェブサイトのランキングをした。結果として、アルタビスタなど他のサーチエンジンとGoogleのランキング結果の質の差が、彼らのその後を分けたという。
集団動態研究(Collective Behavior)は、個の行動と集団の行動の両方を扱う。現在の研究では組織科学が多く、チームの挙動がどうなるのか?20人が20人個別で課題解決した時とコラボした時にどっちが成果として良くなるのかわかっていない。
Collective Behaviorの例として有名なのが粘菌の挙動だ。粘菌は、中央集権的なものがない中で、局所情報をやり取りしながら、全体として最適解を生み出すことに優れている。こうした分散型ネットワークシステムを人工的に真似できるかどうかという研究は今でも多くされている。
問題を個別に対処するのではなく、全体を観てシステムのツボを探す
関連して、集団学習、Collective Learningというテーマも参加者から共有された。個人の学びと集団としての学びについて考える上でのヒントは、相互的な情報のやりとりのない集団に自己組織化は起きないということと、一方では、意味のない慣習が残っているのもおそらく強化学習が起こっている、すなわち自己組織化の一種としてラーニングがうまくいっているからでもあるということだ。
つまり、システムの変化を観る上では、問題を個別に対処しようとするのではなく、それがどのような自己組織化の結果として生じているのかを理解するのが大事なポイントだ。前者ではメカニズムが変わらないまま同じことが繰り返される。
研究者の間ではコントローラビリティがキーワードになっているそうだが、どこをつけば全体の制御が可能なのかといった、いわばシステム全体のツボを探すような視点が重要だという。
複雑系研究の中で得た視点は、そうしたメタ認知と、要素に絶対座標が与えられないこと、つまり、つながり方・組織化の仕方により構成要素の役割が変わっていくという視点だと言う。その意味では一人が場面に合わせて多様な役割を演じるトレーニングをされている日本文化に通じるのではないかと話す。
研究者からデザイナー、住職、ビジネス、エンジニアなど多様な背景を持つ参加者が集った。知的刺激溢れる議論に、イベント終了後も話がとまらない。
人と違うことをやる多様性こそが鍵
では、こうした複雑系科学の知見を僕らはどのように活かしていくことができるのだろうか。
参加者とのダイアローグの中で、佐山氏が提示したアドバイスはとてもシンプルだ。
・とにかく人と違うことをやることが大事。それが多様性を生む。みんなこうするべきというのが最もリスク(eg.みんなAIの研究する)。
・つながりすぎて全体が見えなくなってしまっているので、逆説的だが、つながらないというバランスも大事。
・情報源を多様化する。同質のものを好むという人の特性は進化の結果。異質なインプットが入ってくるようにする。(eg. 全く違う価値観の人をフォローする)
今の時代は、インターネットによりグローバルで情報共有が進んでいるように見えるが、実は情報の偏在化が進んでいるので、集団全体の情報共有はうまく機能しなくなってきているのではないかと佐山氏はいう。トランプの当選を誰も予想できなかったことがその一例だ。
だからこそ異質な群れや種との多様なインタラクションが重要になる。粘菌は、長い時間をかけて多様な個体が多様な試行錯誤と失敗をしてきているわけで、多様性無くしてあのような驚くべき振る舞いは起こらないわけだ。
Graphic Recording by MOMOKO MATSUURA / BIOTOPE
僕らは複雑な世界をどう生きるか?
複雑系は全体を観るのが大事だと全体主義的に捉えてしまいやすいが、佐山氏との対話を通じてみえてきたのは、システム全体のためにといって皆が同調していくのは本末転倒で、むしろ一人ひとりが多様な判断基準で考え行動する、それぞれの個別の幸せを大切にすることが大事なのだというメッセージだ。
多様性という言葉を社会の至る所で耳にするようになった現代だが、多様性や共感を唱える側が無意識的に排他性を帯びてしまっていることも少なくない。何か唯一の正しさがあるのではなく、多様な生き方・暮らし方・群れ方があること自体が集団全体として大切なのだという視点は多様性の核心なのではないか。
そして、発起人・小林もセッションの中で、エコロジカルミームで大切にしている「個ー集団ー地球の相互作用の視点」に言及していたように、一人ひとりの多様な判断基準・幸せを大切にするための出発点は、自分を取り巻く環境との相互作用の中で感じ、受け取っている様々なことに、まずはありのままに向き合ってみるということなのではないだろうか。
複雑系科学の理解を深めたい方は、佐山先生が他の研究者等と共同で最近オープンされたこちらのガイドがオススメ。 complexityexplained.github.io
Text by Ruiki Kaneyasu Edit by Yasuhiro Kobayashi
小林 泰紘 Yasuhiro Kobayashi
人と自然の関係を問い直し、人が他の生命や地球環境と共に繁栄していく未来(リジェネレーション)に向けた探究・実践を行う共異体 Ecological Memes 共同代表/発起人。インドやケニアなど世界28ヶ国を旅した後、社会的事業を仕掛ける起業家支援に従事。その後、個人の生きる感覚を起点とした事業創造や組織変革を幅広い業界で支援したのち、独立。現在は、主に循環・再生型社会の実現に向けたビジョン・ミッションづくり、事業コンセプト策定、リーダーシップ醸成などを支援・媒介するカタリスト・共創ファシリテーターとして活動。
座右の銘は行雲流水。趣味が高じて通訳案内士や漢方・薬膳の資格を持つ。菌と共に暮らす ぬか床共発酵コミュニティ主宰。馬と人とが共にある クイーンズメドウ Studios 企画ディレクター。株式会社BIOTOPE 共創パートナー。一般社団法人 EcologicalMemes 代表理事。『リジェネラティブ・リーダーシップ』を日本に伝え、実践・深化させるためのリーダーシッププログラムや翻訳活動を展開中。
※UNLEASHさんにて本イベントの長編レポートが公開されました 多様性がなければ、私たちは絶滅してしまうーー「複雑系科学」の視座で探る、世界と私の持続可能性
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