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マオリ族の川に法人格!?生態系と向き合うポストヒューマンセンタードデザインとは?



Ecological Memesによるエコロジーや生態系を切り口に、これからの時代の人間観を探る領域横断型の探索サロンが開催された。


ヒトの生き方、暮らし方、群れ方が様々な視点から問い直されている今の時代に、生命的な感覚や東洋的な知性に根ざした思想・文化をどのように社会に実装していけるだろうか?


発起人 小林のそんな問いかけからスタートしたこの企画は、生態学や複雑系科学、東洋思想、日本文化と身体知性、バイオミミクリー、循環型の都市デザイン、システムリーダーシップなど、分野横断的にエコロジーや生態系デザインに向き合っていくトークイベントシリーズだ。



第一回のテーマは「生態系とポストヒューマンセンタードデザイン」


小林から企画趣旨についてイントロダクションがあった後、今回のゲストである九州大学 稲村助教のトークセッションへ。第一弾のテーマは「生態系とポストヒューマンセンタードデザイン」だ。


Royal College of Artとインペリアルカレッジの修士課程を卒業した後に、九州大学の未来構想デザイン科の助教としてデザインの研究を進める稲村氏。


両親が日本人でありながら、ニュージランド生まれニュージーランド育ち。自身のバックグラウンドからニュージーランドのマオリ族と自然の共生モデルを洞察し、他の社会環境にも応用できる新しいデザインのあり方を探求している。たびたびニュージーランドに出向き、マオリの人たちの集落に足を運んだり、現地民と交流やリサーチを重ねたりと、地道に生態系の研究を継続している。



人の尊厳を支えてきたヒューマンセンタードデザイン


稲村氏はポストヒューマンセンタードデザインについて触れる前に、まずは従来のヒューマンセンタードデザインについて説明した。


例としてあげられたのが、インド・アフメダバードでの稲村氏自身のプロジェクト。


インドのスラムで内職をする女性は、働く場が家庭内であるために、夫からその労働を軽んじられていた。その状況を打開すべく稲村氏のチームが目指したのは、働く女性向けの居場所を作ること。結果、働く姿を可視化することが重要になると考え、働く場を示す鮮やかな色合いのラグを製作した。


そのラグは肩紐を引っ張ることでトートバッグにもなり、作業に使う布切れや裁縫道具などを容易に運ぶことができるだけでなく、それが彼女たちの働く居場所・象徴となり、家族や隣人にその姿を訴えることができるようになったという。


ここでは、ヒューマンセンタードデザインが単なる利用者にとっての使い勝手(usability)だけでなく、個人の境遇や状況、社会的な文脈をとらえた上でデザインを行うことの大切さが強調された。


さらに、稲村氏はヒューマンセンタードデザインの潮流を考える例としてシャーリーカードがあげられた。これは、写真現像が主流な時代にKODAKが現像するプリントの色味を確認する際に使われていたカードで、白人の女性と数色の色味のスウォッチがレイアウトされている。


その結果、技術開発はシャーリーさんがいかに美しく映るかにこだわるわけだが、シャーリーさんは白人の女性なので、黒人のユーザの写真は当然黒人にとっては良い肌色味が再現されない。このことが黒人差別を社会的に加速させるのではないかとして問題視された。似たような問題として、DELLのブログ用の顔認識の研究開発チームに白人の研究者しかおらず、黒人の顔認識がされないというケースがあったという。


こうした流れを受け、ヒューマンセンタードデザインでは利用者の多様性が重要な課題となってきたという。


このような社会課題に対して有効なアプローチとしては、RCAで始まり、九州大学で平井康之教授らが取り組むインクルーシブデザインがある。これは、社会から疎外された人をデザインの力で包摂することにより、多様な人々のニーズやアスピレーションと向き合う社会の実現を目指すものだ。



デザインの見据える先は、社会、そして生態系へ


稲村氏は、ヒューマンセンタードデザインに取り組む人たちは、ISOという国際規格を超えて、歴史や近代化社会の中でないがしろにされてしまっていた人間の尊厳を取り戻すという大切な意義と向き合ってきたという。


なので、それ自体を否定するのものではないと前置きした上で、稲村氏が見据えているのはその先だ。すなわち、人間社会のみならず動植物、生態系全体を見据えたデザインである。



経済ー社会ー環境の全体性と向き合うストロングサステイナビリティとは


稲村氏は、人間自体が地球上にひとつの生命体として生き、体内に目を向ければそこにはたくさんの腸内細菌や微生物が住んでいる。だからこそ、自然環境や人間以外の生き物という、もう少し大きな枠組みで考えることの必要性を指摘。


そして、その際に重要になる視点として、ストロングサステイナビリティという考え方を紹介した。


従来のエコな議論の中では、経済性・社会性・環境を独立した要素として扱い、その妥協点を見いだす考え方(スライド右側)が主流であり、これをウィーク・サステイナビリティと呼ぶ。トリプルボトムラインなどもこれに当てはまる。


しかし、実態は経済は社会の一部であり、その社会は環境の一部であり、これらの要素が互いに影響し合う。ストロングサステナビリティとは、この経済ー社会ー自然環境が同心円状に広がっていく捉え方(スライド左側)で、相互につながる中で全体の繁栄を指向する。要はガチンコで全体と向き合うスタイルだという。


経済は大きな生存の仕組みの一部であり、決して中心ではない、と稲村氏。


ニュージランドのマオリ族で川に法人格?


この例として、現在、稲村氏はニュージーランドのマオリ人々の活動に注目している。


マオリの人々には、川と人は一体であるという考えが受け継がれており、川に宿る多様な命を育む領域全体を畏れ崇め、守るべきものとして扱ってきた。一度はイギリスによる植民地化で失われかけたその価値観は、百年以上の粘り強い活動の末に再び注目を集めるようになり、なんと、2017年には全長300kmにもおよぶワンガヌイ川に法的人格が与えられたのだという。


現地の有力な政治家がワンガヌイ川の法的な代表を務めている。環境汚染等、何か法に触れるような事件が起きた際はワンガヌイ川が原告になる、という日本では考えられないようなことが起こりうる。これらの活動の様子は一般公開されており、誰もが容易にアクセスできる。



全ては繋がっているというのがマオリ族の精神的基盤にあり、その考えがこういった世界観の実装を支えている。


このようなニュージーランドでのエコロジカルな世界観は一見遠く感じるかもしれないが、実は日本人にとっては身近なものでもあるという。例えば八百万という考え方、南方熊楠や山伏の信仰など、自然と精神性をつなぐ世界観は日本でも古くからあると稲村氏は言い、そこにこれからのデザインのヒントを見出す。


つまり、その土地に古くからある人間を超えた視野や思想のエコシステムを再考することが、今後必要となるポストヒューマンセンタードデザインの考え方なのではないかと投げかけトークを締めくくった。


GRAPHIC RECORDING BY MOMOKO MATSUURA


自然のエコロジーと向き合うことが人のウェルビーングとつながっていく


無意識的な前提を揺さぶる刺激的なトークの後は、参加者と含めたダイアローグ。


マオリ族の話を受けて、私たちが日本ですでに持っている文化的な蓄積やナラティブはなんだろうか?地域や年代によるナラティブの分断・衝突をどのように乗り越えていけるだろうか?といった問いかけや対話が行われた。


冒頭でも、小林から「自然のエコロジーの危機が社会や精神のエコロジーの危機を進行させていく」という明治時代の民俗学者・粘菌学者である南方熊楠の言葉が引用されていたが、マオリの精神性は、自分たちの関係性を人間以外へと広げていくことで、彼ら自身のウェルビーイングにもつながっていくものなのだという。


人間世界だけに焦点を当ててきた結果、いつの間にか起こってしまっていた息苦しさに気付きはじめたというのが現代なのだとしたら、人間以外の生き物や環境を含めた生態系と本気で向き合っていくことで、人間自身のウェルビーイングにもつながっていくというのは、まさにポストヒューマンセンタードに向き合っていく上で大切なヒントだったのではないだろうか。



● 参加者からの感想(一部抜粋)


・最近、接点が増えてきた、sustainableやCircular Economyの考え方が仕事で使うHCDと接続して新鮮だった。虫や動物、自然をステークホルダーとして捉える。普段のプロジェクトでは、そこまで思考を広げて考えていなかったことに気づいた。また、継続的な生態系にするためには、経済性とのバランスは必須であるとも思った。


・トピックが自分の問題意識との合致が高く、また参加者と登壇者の方とのインタラクションの中で色んな伏線が回収されていき多面的にテーマについて考えられたことが良かったです。


・「人間中心」に技術を進歩させてきた結果としての現代の課題を…という設定はその通りだなと思う一方で、炎天下にひとりで深さ70センチの溝を100メートル掘ることを考えた場合、歴史が証明しているとおり(鉄器の)スコップの発明は画期的だったし、内燃機関を載せたユンボの導入は破壊的だったことを考えるわけです。生き物としての生身のカラダに細胞レベルで心底キツい重みを感じ、技術の利便を享受することの恩恵を感じ、たがために考える時間の余裕ができたことで、そのことがもたらす破壊の側面に深い想いを巡らせることができたときに、はじめて「エコロジカルな思考と思想の循環」が生まれるんじゃないかなと思います。晴耕雨読とはよくいったものかなと。

・マオリの話から想起されたのは、それぞれの人の生活環境からの体感・体験から湧き起こった精神性は、strongなものだなと感じました。ありたい未来をどう作るか、という視点で活動したいと思いました。最後に想起できたのは、「資本主義社会が作り出した、国境を超えた地球というコミュニティー」でしたが、文化人類学者の竹村真一さんがやられている活動などで、精神性を現代風にアレンジした取り組みや、地球を感じるようなプロジェクトは、そこにつながっていたのだな~と今更ながら感じました。

・今回のポストヒューマンセンタードデザインは、人間以外は主に動植物や自然環境を対象とした議論がされていたと思いますが、ロボットやAIも生態系に含まれると考えたときに、相互にどのような関係を築いていけるのかを議論したいです。

・Strong sustainabilityをビジネスサイドからどうアプローチして実装していくか問題意識を持ちました。現在所属している会社では再生可能エネルギーの発電所を保有・建設していますが、エネルギーの地産地消のために地域電力会社を各地で立ち上げています。この地域電力会社の事業に、Strong sustainabilityの文脈をどのように織り込んでいけるか、考えていくきっかけを頂けたのが大きな収穫でした。



小林 泰紘 Yasuhiro Kobayashi


人と自然の関係を問い直し、人が他の生命や地球環境と共に繁栄していく未来(リジェネレーション)に向けた探究・実践を行う共異体 Ecological Memes 共同代表/発起人。インドやケニアなど世界28ヶ国を旅した後、社会的事業を仕掛ける起業家支援に従事。その後、個人の生きる感覚を起点とした事業創造や組織変革を幅広い業界で支援したのち、独立。現在は、主に循環・再生型社会の実現に向けたビジョン・ミッションづくり、事業コンセプト策定、リーダーシップ醸成などを支援・媒介するカタリスト・共創ファシリテーターとして活動。


座右の銘は行雲流水。趣味が高じて通訳案内士や漢方・薬膳の資格を持つ。菌と共に暮らす ぬか床共発酵コミュニティ主宰。馬と人とが共にある クイーンズメドウ Studios 企画ディレクター。株式会社BIOTOPE 共創パートナー。一般社団法人 EcologicalMemes 代表理事。『リジェネラティブ・リーダーシップ』を日本に伝え、実践・深化させるためのリーダーシッププログラムや翻訳活動を展開中。



 

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